Monthly Archives: November 2010

タミヤフェアで思ったこと

 先日、機会があったのでタミヤフェアに行ってきました。Webmaster もご他聞に漏れず、プラモデルを夢中になって組み立てた世代です。でも、プラモデル関係のフェアなんて初めてです。タミヤの本拠地は静岡県。まず、静岡までの足が大変です。新幹線で行ってもドア2ドアなら軽く2時間はかかります。今回は期限間近の新幹線のチケットがあったこと、同行者がヲタ友のフランキだったので参加したわけです。
 会場はツインメッセ静岡。会場をゆったり使っていてなかなか良い感じです。ミニ4駆の大会があり、物凄く盛り上がっています。俺はミニ4駆の世代じゃないけど俺の次の世代が第一世代で、その二世と一緒にやっている感じでした。親子で取り組んでいるのが微笑ましい限りでした。
 隣の会場ではラジコンが中心に展示されています。ラジコンの大会の決勝があり、かなり盛り上がっていました。恥ずかしいことにまともにラジコンのレースを見るのがこれが初めてだったんですけど、かなり凄いですね。もちろん、全国トップレベルな訳ですから当たり前なんですが…。おれが初めてタミヤの電動ラジコンを入手したのが小6の時です。XR-311のコンバットバギーなんですけど、ボディが普通のプラモデルと同じスチロール樹脂だったので良く壊れましたよ。小6なんでお金が無いので、壊れたら適当な補修で済ませていたのをツラツラと思い出しました。ポリカーボネイトのボディは京商(辞書で一発で出ませんね。)がやり出した頃だと思います。
 でも、販売されている製品はリメイクが多いですね。6輪のタイレルなんかがあります。今はティレルと呼んでいますね。そんな昔のキットを現在のテクノロジーでリメイクして出している。当時、高価で買えなかった世代に訴求しているようなマーケッティングだと痛感しました。
 当然、ラジコンの展示を行っている会場ですから、プロポなんかも出展しています。やっぱり、サンワとかフタバとかですね。今のは 2.4GHz で周波数ホッピングとかテレメタリングの機能が装備されています。技術の進化が正常に取り込まれています。
 ~~ここではたと思いました~~
 いつぐらいから、プラモやラジコンに興味がなくなったんだろう?と考えてみました。多分、高専に入った辺りからは完全に PC やマイクロマウスに興味が移ったような気がします。多感な年頃wですから、普通の TeenAger らしくバイクやサーフィンなんかもやっていました。ラジコンはどこか、子供の遊びのような気がして来たのかも知れません。
 高専を卒業してからエンジニアですが、ここ10年くらいは特に趣味でも仕事でもエンジニアリングにかなり拘泥しています。最初の転職先の会社でエンジンマネジメントシステムの仕事をしていました。そこで実際にクルマの挙動と ECU を介したソフトウェアの関連性を皮膚感覚で実感したのです。定常域でのクルマの挙動はある程度、解析されています。それと実際に動くプログラムが関連して動作するのにかなり感動した覚えがあります。
 さて、話をプロポに戻しましょう。昔のプロポはプロポと呼ばれているくらいですから、スティックの傾きをそのままサーボに伝えるだけでした。プロポとはプロポーショナルの略語な訳ですから。でも、最近のクルマは ECU に内蔵されたソフトで味付けされています。ドライブバイワイヤになっている場合は完全に非同期です。ソフトでどうとでも味付けが出来ます。元祖ドライブバイワイヤのプロポでも当然、似たような味付けがされていることは容易に想像が出来ます。テレメタリングシステムも同様です。挙動解析するさいにはテレメタリングをするなり、ローカルでロギングするのが必須です。こういったことは今日ならばマイコンで簡単に出来ます。こういうことは Web マスターにとって完全に日常となりコモディティーになってしまいました。ある意味、驚きの無いものであるので、興味を失ってしまったのだろうと思うわけです。
 もう一つは人形改造です。これも中学生の時に夢中になった趣味です。現在でもこのコンテストは続いていて、世相を反映した作品が数多く出展されています。でも、作者の年齢を見ると40代以上の人が殆どです。もはや、伝統工芸に近いです。これも無くなっていくんだろうな。と思わずにはいられませんでした。
 ツインメッセから20分ほど歩くとタミヤの本社があります。タミヤの歴史を語るプラモデルが組み立てられ展示してあります。当時、一生懸命に組み立てたキットが数多く展示されていました。懐かしさが込み上げると同時にどこか一瞬、冷たくなるというか冷静になる自分もいました。「あの頃の俺じゃないんだよ。」なんかそんな冷めたことをつぶやくもう一人の自分がそこにいたのも確かです。
 こんだけ、プラモデルを愛してやまなかった自分の子供たちですら、プラモデルを組み立てません。フランキに言わせるとタミヤは絶大なブランドで、アニメやマンガと同じ文脈のユーロのヲタクの憧れだそうです。ショップもありましたので、何かキットを買おうかなと思いましたが、多分組み立てないでしょう。でも、タミヤを応援する気持ちはありますのでタミヤのロゴが大書されたTシャツを家族の分まで買ってきました。「あ、このマーク知ってる。」と言いながら喜々として身に付けてくれたのがせめてもの慰めでした。

インド人もびっくり

 最近、会社の実験サーバの管理をインド人が行うことになりました。男女の二人組が来ていて色々と管理をしています。こいつらが来るのは本社からのお達しなので、俺らは本当に細かいことを除けば「我関せず」状態です。直属の上司から、「日本人に変えた方が良く無くない?」と言われましたが、我々の返事は「英語の出来る日本人じゃないと、俺らが結局英訳して本社とコンタクトしなければいけなくなる。」と言う理由で、「エンジニアのローカライゼーション」は無くなりました。
 つらつらと考えてみました。グローバリゼーションになると英語が使われるようになるので、あいつら昔は英国の植民地だったので、英語が得意。そんなこんなで、日本人と語るのでは無くて、機械と語るのがほとんどだから、インド人でも OK 。そんな感じみたいです。
 仕事の奪い合いにならなければいいのですが…。

Thin client への夢

NAS への git-server install
ルータの dynamic DNS 化
VNC の設定
やることいっぱいあるな。

娘が「プログラミングを教えてくれ」と言ってきたら…?

 そう言えば、このブログには家族のことは書いたことがあまりないな。と思った。日頃のエンジニアリング/ハッキングと家族との接点はあまりにも結びつかないからだ。たまに家族旅行で出かけた時に変わったことを書くくらいだったような気がする。表題のセリフは、娘を持つ父親ハッカーの勲章だと勝手に思っている。って自分が舞い上がっているだけかもしれないし、娘の成長が対象となる男のツボを押さえた媚を作れるようになったとも言える。でも、ここは素直に喜びたいところだ。絶対に!
 で、ちょっと動機を聞いてみた。「なんで?」って。彼女いわく、「あたしが小さい時とかゲームボーイでゲームとか作ってくれたじゃん。テレビのチャンネルなんかも変えたりして。」「今でも時々、食事中にブツブツ言いながら、箸で皿になんかかいてるじゃん。」「なんか、楽しそう!」ハァ?そうなのか?傍から見るとかなり変わった人だと思うし、下手すりゃ病院送りだよ。彼女にとっての父親と言うのはそういうものらしい。
 で、表題をTwitter に投げるとレスを付けてくれた。皆さん、言語方面に行ってしまってギーク振りがプンプン臭う。「この言語をを教えろ!」と。ある意味冷静。まぁ、俺も親バカ全開=フルスロットルなので本屋で見てきましたよ。プログラミングの入門書。いろんなのあるね。こんなの久しく見ていないので新鮮でした。でも、彼女のニーズを満たせるのかな?と思った。はっきり言って、スキルを伴うものは面白さに到着するまで物凄く時間がかかるわけだよね。そこに至るまでは達成感がほんの少し挫折感を上回っていくだけの道のりな訳だ。楽器の演奏や飴細工のようにぱっと見せられるわけでも無い。地味ぃな作業な訳ですよ。作業の連続。
 仕事の新人教育なら、鬼軍曹振りを遺憾なく発揮する俺だけど、仕事じゃないし無理クリやらしたところでつまらないよな。まぁ、変に「星一徹」みたいになるのもいやだしね。家の中が「トラの穴」になるのはもっと困る。(でも、梶原一騎はマジレスペクトです。)
 至った結論は「とりあえず、放置。」才能の第一歩はそれが好きかどうかだし、ほっといても勝手にやるものでしょ?情熱があったり、本人にとって楽しいことなら。
 まぁ、今回はクールな対応が取れてよかった。でも、勝手にプログラミング始めたらやだな。まじ、親バカがオーバレブしそうで…。